大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和48年(ワ)3393号 判決 1974年5月27日

原告 有限会社 晃和機材

右代表者代表取締役 南相基

右訴訟代理人弁護士 湯本岩夫

被告 国

右代表者法務大臣 中村梅吉

右指定代理人検事 押切瞳

<ほか一名>

主文

1  被告は原告に対し、金三三六万円およびこれに対する昭和四八年五月一五日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その一は被告の負担とする。

4  この判決は第一項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、金三一四〇万円およびこれに対する昭和四八年五月一五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決ならびに担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和四三年七月二四日鈴木慶一からその所有する別紙物件目録記載の土地および建物(以下、本件不動産という)を、代金四五〇万円で買受けた。

なお、右契約の際に、慶一の長男鈴木善光は、本件不動産の登記済証が見当らないので、保証書で取引したい旨申し入れていたので、原告はこれを了承していたものである。

2  その後昭和四三年八月一六日、善光は、登記済証の提出に代わる保証書に基づき同月一三日付で慶一から原告名義に所有権移転登記が経由された本件不動産の登記簿謄本を原告のもとに持参して来たところ、原告は、保証書によって所有権移転登記がなされる場合、所轄の登記所から不動産登記法に基づき、登記義務者たる慶一に対し事前に通知がなされていることを知っていたので、右登記の記載を全面的に信用し、同日善光に対し金四五〇万円を支払った。

3  ところが慶一は、昭和四四年四月一四日原告に対し、本件不動産の原告への前記所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴等を、東京簡易裁判所に提起し、昭和四五年六月一五日右登記が善光によって慶一に無断でなされたものであるとの趣旨の理由で、慶一の右訴を認容する判決が言渡され、そして原告は控訴したが、結局昭和四六年八月一三日それが棄却され、その頃同判決は確定した。

4  ところで、右の所有権移転登記の申請を受付けた横浜地方法務局海老名出張所の登記官は、不動産登記法第四四条の二第一項に基づく確認の通知を、登記申請書記載の登記義務者たる慶一の住所、つまり大和市福田一五六一番地に宛てて同人に郵送しなければならないのに、故意にか、あるいは不注意によりそうはしないで、大和市福田一七九六番地善光方という住所を記載し、慶一に宛て郵送し、そのうえで右の所有権移転登記を登記簿に記入したものであり、したがって、その手続は同法同条項に違反する違法なものである。

5  右登記官の違法行為によって、原告は、本件不動産のうち土地の時価金三一四〇万円(三、三平方米当り金一〇万円)相当の損害を被った。

6  よって、原告は、国家賠償法第一条に基づき被告に対し金三一四〇万円とこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四八年五月一五日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1は知らない。

2  同2のうち、本件不動産につき昭和四三年八月一三日付で原告名義に所有権移転登記が経由されたこと、右登記が登記済証の提出に代る保証書によってなされたことは認めるが、その余は知らない。

3  同3のうち、慶一が昭和四四年四月一四日原告に対し原告主張の訴を東京簡易裁判所に提起したことは認めるが、その余は知らない。

4  同4のうち、横浜地方法務局海老名出張所の登記官が、不動産登記法第四四条の二第一項の通知を、登記申請書記載の登記義務者慶一の住所大和市福田一五六一番地にではなく、大和市福田一七九六番地善光方に宛てて慶一に郵送したことは認めるが、その余は否認する。

5  同5は知らない。

善光は、慶一所有の本件不動産を処分する権限は有していなかったのであるから、善光を慶一の代理人として本件不動産を買った原告は、登記官の過失の有無にかかわらず、もともと本件不動産の所有権を取得することはできず、したがって、仮に登記官に過失ありとしても、これによる損害は、善光に支払った金四五〇万円にすぎない。

三  抗弁

1  原告は、昭和四四年五月一五日本件不動産を南相九に転売し、同年五月一六日所有権移転登記をした。したがって、原告は、慶一との売買により出捐した対価関係をさらに南相九との間においていわば清算をとげたものといえるから、本件不動産を買受けたことによる原告の損害は存在しない。

2  しからざるとしても、原告にも本件不動産の売買につき過失があるから、過失相殺さるべきである。

四  抗弁に対する答弁

抗弁1のうち、原告が昭和四四年五月一五日本件不動産を南相九に転売し、同年五月一六日所有権移転登記をしたことは認めるが、その余は否認する。

第三証拠≪省略≫

理由

一1  まず、原告は、本件不動産を慶一から金四五〇万円で買受けた旨主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

2  しかしながら、≪証拠省略≫を総合すると、次のような事実が認められる。

善光は、原告から利息を含めて金六〇〇万円を借用するにあたり、実父である慶一の所有にかかる本件不動産と富田新作所有の土地、建物を右借用金の担保に提供することにし、昭和四三年七月二四日原告との間で、慶一から本件不動産を処分する何らの権限も与えられていないのに、勝手に同年一一月二三日までに金四五〇万円で慶一が本件不動産を買戻しうるとの特約のもとに、本件不動産を同額の売買代金で原告に売渡す旨の契約をし、慶一の名を記し、かつ、その名下に慶一の印鑑を押捺して売買契約書を作成したこと、同時に、富田所有の土地、建物についても、右と同じ期間内に金一五〇万円で富田が買戻しうる約束のもと、これも同額の代金で原告に売渡す契約をしたこと(ただし、富田が善光に対しこのような契約をする権限を授与していたか否かは、本件で直接関係がないから、その判断はしない)、そしてそのうえで、善光は、右の契約を骨子とする起訴前の和解を、慶一ならびに富田の名で弁護士に依頼し(もちろん慶一はかかる権限を善光に与えていなかったし、慶一自身このような委任を右弁護士に対しなしてはいない)、原告との間でその和解を成立させたこと、さらにその後昭和四三年八月一六日に善光は、本件不動産につき同年八月一三日付で慶一から原告名義に右の売買を原因とする所有権移転登記を経由した(本件不動産につき同日付で原告に所有権移転登記がなされたことは当事者間に争いがない)登記簿の謄本を原告のもとに持参して来たので、原告は、右登記が正しいものと信じ込み、同日善光に対し貸金として金四八〇万円を現実に手渡し、それと引換えに、善光から慶一の名で売買代金として金四五〇万円を受領した旨の領収書を受取ったこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

したがって、本件不動産の右売買契約は、慶一に対し何ら効力のないものであるうえ、売買とはいっても、真実は原告の善光に対する貸金の担保の意味で、買戻権保留の特約を付した売買の形式をとったものにすぎず、しかも、仮に本件不動産の売買契約が慶一に対し有効であったとしても、本件不動産については金四五〇万円の(また富田所有の土地、建物については金一五〇万円の)担保的価値を、原告において取得したものであると解することができる。

二  ところで、本件不動産につき昭和四三年八月一三日付で原告名義に売買を原因とする所有権移転登記がなされたことは、さきに認定したとおりであるところ、右登記が登記済証の提出に代わる保証書の提出に基づき登記されたものであり、そして、右の登記にさきだち、この登記申請を受付けた横浜地方法務局海老名出張所の登記官が、不動産登記法第四四条の二第一項所定の通知を右申請書記載の登記義務者慶一の住所である大和市福田一五六一番地にではなく、大和市福田一七九六番地善光方に宛てて慶一に対し郵送したものであることは、当事者間に争いがない。

しかして、右争いない事実および前記認定の事実に、≪証拠省略≫を総合すると、右確認の通知が善光のもとに届いたため、善光は、これを奇貨として慶一に無断でその名を記し、かつ、名下に慶一の印鑑を押捺して、通知にかかる登記申請は間違いない旨、前記出張所に対し所定の期間内に返信したので、同出張所の登記官も右申請を受理して本件不動産の登記簿に原告名義の前記所有権移転登記を登記したことが認められる。

不動産登記法第四四条の二第一項によれば、保証書の提出による所有権に関する登記申請を受付けた場合、登記官は、同法第四九条一号ないし九号の却下事由がないかぎり、その旨の通知を登記義務者本人に対し、その申請書記載の住所に宛てて郵送しなければならない義務があることは明らかである。しかるに本件の場合、以上述べたとおり、登記官はそのようにしなかったのであるから、過失あることは多言を要しないといわねばならず、かかる過失行為がもとで、実体関係を反映しないばかりでなく、登記義務者たる慶一の申請意思を欠く前記所有権移転登記が登記簿に記載されるに至ったといえる。したがって、被告は、右登記の記載を信用して取引した者の被った損害を、国家賠償法第一条により賠償する義務を有することもこれまた多言を要しない。

三  そこで、原告は、登記官の右過失行為によって、本件不動産の一つである土地の時価相当の損害を被った旨主張する。

しかし、善光は、そもそも本件不動産を処分する何らの権限も慶一から与えられていなかったのだから、契約の直接の当事者である原告は、右過失ある登記の有無にかかわらず実体法上本件不動産の所有権を取得しえなかったことは明らかなうえ、さらには仮に前記契約が慶一に対しても効力を有するものであったとするならば、さきに記したとおり、原告は、本件不動産につき金四五〇万円の担保的価値を取得しえたにすぎず、慶一に同額の代金で買戻権があったのであるから、元来原告には、本件不動産の所有権自体を喪失するという前提がなかったというべきである。したがって、登記官の過失行為との因果関係を論ずるまでもなく、原告の右主張は失当といわなければならない。

ところで、もし登記官が誤ることなく、申請書記載の慶一の住所に宛てて確認の通知を郵送していたならば、慶一はこれに異をとなえたであろうことは、≪証拠省略≫から十分にうかがい知ることができる。他方、原告は、前述のとおり、善光に対する貸金の担保としての本件不動産につき、原告名義に所有権移転登記が経由されたことを知り、これを信用して、善光に対し貸金として金四八〇万円を実際に交付したものである。したがって、もし右の登記がなされていなかったら、原告は、善光に右金員を渡さなかったであろうと推測される。とすれば、原告は、登記官の右過失行為によって、右金員と同額の損害を被ったと解することができる。

四  そこで次に、被告の抗弁を判断する。

1  まず、被告は、原告が本件不動産を南相九に転売し、同人との間で、原告が慶一との売買で出捐した対価関係を清算したから、原告には損害が現存しない旨主張する。

確かに、原告が昭和四四年五月一五日に本件不動産を南相九に転売し、その旨の所有権移転登記を経由したことは、当事者間に争いがない。しかし、これによって原告の被った損害が被告主張のような理由で現存しないことを認めるに足る証拠はない。かえって、原告代表者本人の尋問の結果によれば、しからざることが認められる。

2  次に、被告主張の過失相殺の点を考える。

消費貸借契約の当事者以外の第三者から、その所有する物件を担保として提供をうける場合、その者と直接担保に関する契約を締結するとき以外は、特別な事情のないかぎり、本人自身に対し妥当な手段、方法で担保提供の意思があるか否かを確かめるべきであることは、正常な取引社会においてはいわば当然というべきことであり、そうすることが、貸主自らの損害の発生および取引上の無用な紛争を未然に防止するうえからも、社会通念上要求される担保取引の基本的な義務であるといっても過言ではないと解する。しかるに、≪証拠省略≫によると、原告は、本件不動産に関する前記のような契約を締結するにあたり、慶一に対し右の如き処置を何ら講ずることをせず、もっぱら善光を信用して同人とのみ折衝をかさね、しかも当時、善光には本件不動産を処分する代理権限があるものと原告が信ずるにつき正当な理由も見当らなかったことが認められる。そして、もし仮に、原告が右契約の前後に何らかの方法で慶一に接していたならば、慶一の反対の意思を知ったはずであるから、それにもかかわらず善光に対し金四八〇万円を交付することはなかったであろう。そうだとすると、原告の被った損害の発生には、自らの右のような処置をとらなかった不注意も一因をなしていることを否定することはできない。

しかしながら他方、不動産登記簿は、不動産取引の安全のために重要な機能を果していること、改めて述べるまでもなく、したがって、それにたずさわる登記官の職責もまた重く、特に、保証書提出による所有権に関する登記申請の場合、従前事故が多発したことにかんがみ、昭和三五年の不動産登記法改正によって、登記義務者本人に対し申請意思の有無を問いあわせる通知の制度を導入した経緯からすると、登記官としては、右通知の手続規定を厳格に遵守すべきはもとよりのこと、その処置に十分慎重を期すべきであったといわなければならない。

このように考えると、被告が原告に対し賠償すべき損害の範囲は、被告の被った損害金四八〇万円の七割に当る金三三六万円と解するので相当である。したがって、被告は、原告に対し金三三六万円を支払わねばならない。

五  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、金三三六万円とこれに対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四八年五月一五日から完済に至るまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める限度で理由があるからこれを認容することとし、右の限度を超える請求部分は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(なお、被告は、担保を条件とする仮執行免脱の宣言を申立てているが、本件の場合相当とは解しがたいので、これを付さないこととする。)

(裁判官 大沢巌)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例